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【足首脱臼骨折レポ①】2年前の怪我から緊急手術・入院まで!仕事・医療保険なしでの手出し額

written by

Lemon

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こんにちは。Lemonです。
今回は、2年前に経験した「足首の脱臼骨折」についての備忘録【前編】をお届けします。

先日ようやく足に入っていたプレートやボルトを抜く「抜釘(ばってい)手術」が無事に終わり、長かった治療もひと段落つきました!まずは前編として、怪我をした当時の状況から最初の緊急手術、入院・仕事・リハビリ生活、そして「医療保険なしでの費用と気づき」について書いていきたいと思います。

【ご注意】
記事内に脱臼した当時の痛々しい写真が含まれます。血や怪我の写真が苦手な方は、お手数ですが画像をスキップして本文のみお読みください。


遡ること2年前。
日中仕事だった夫のために好きなカレーを作って準備し、ゆっくり過ごしていた日曜日の夜のことです。出来上がったカレーを盛り付けてテーブルに並べた時、少しこぼしてしまったんですよね。
我が家には引っ越し時に買ったお気に入りの無垢テーブルがあり、木製で水に弱いから濡れたらすぐ乾拭きするよう言われていたうえ、こぼしたのはカレー。「早く拭かなきゃ!」と焦ってティッシュを取りに部屋の中を小走りしたのですが、普段履かない滑りやすい靴下を履いていたのが運の尽きでした。足元がスルッと滑り「あ、頭を打ったらやばい!」と咄嗟にブレーキをかけた瞬間、足を変な方向へ捻ってしまい、今までに感じたことのない激痛が走りました。あまりの痛さにかなりの悲鳴を上げ、駆け寄ってきた夫が悶絶する私を見てすぐに119番通報。

救急隊の方が部屋で処置してくれる前

もう足を一ミリ動かせる状態ではなく、半分泣きながら状況を説明し、駆けつけてくれた救急隊の方が簡易固定をしてくれたものの動かすたびに激痛で半泣きになりながら、エレベーターのない2階から階段で降ろしてもらいました。救急車に乗り込んだものの、その日は日曜の夜で整形外科のある受け入れ先がなかなか見つからず、車内で20分ほど待機したのちにようやく病院が決まり、人生初の救急車で運び込まれることになりました。

人生初 救急車

病院に着くと、まずは入院の手続きから始まりました。
夜間担当の先生は常勤の方ではありませんでしたが、私の足を見た瞬間「脱臼骨折しているのは明白」とのこと。なんとレントゲンを撮る前にボキッと骨の位置を元通りに戻されたのですが、あまりに突然のことで悲鳴レベルの激痛でした。それでも強い痛みや動かせない状況は変わりないものの、位置が戻ったことでほんの少しだけマシになった感覚がありました。

この時はまだ「明日からの仕事どうしよう…流石に2、3日は休むことになるかな」と軽く考えていたのですが、先生から「ボルトやプレートの在庫にもよりますが、最低でも1週間は入院、退院できたとしても当分の間通勤は無理ですよ」と言われ、ここで初めて事の重大さに気がつきました。

救急車だったため持ってきたのはスマホと財布と保険証のみ。念のため私用スマホに入れておいた上司の連絡先にSMSを送るも、知らない番号だから見てもらえないかもと焦り、どうにか会社のメールへ連絡を入れることができました。そして夫には、心の支えになるぬいぐるみ1匹、マスク2〜3枚、リハビリ用の靴、基礎化粧品、そして仕事用のパソコンを持ってきてもらうよう依頼。入院初日の夜は、冷やしていても襲ってくる激痛と高額な手術代への不安でほとんど眠れないまま朝を迎えました。

平日の朝になると病院も通常モードに切り替わり、手術に向けた各種検査がスタート。幸いプレートとボルトの在庫があったため、日曜日に入院して最短の火曜日に手術ができることになり、大人になって初めての全身麻酔に臨むことになりました。

手術前日(入院した翌日)にはお風呂に入れてもらえたのですが、入院中はこの1回と術後の1回しかお風呂に入れないとは知る由もなく…初夏の暑さとリハビリの汗の中、退院までお風呂に入れなかったのは足の痛みと同じくらい本当にきつかったです。

そして手術当日、前夜からの絶食と朝からの絶飲食を経て、点滴や尿管カテーテルの装着など着々と準備が進行。午後の1時に手術着で手術室へ移動し、麻酔が入ってからは完全に記憶がなくなりました。

点滴開始、手術前の太い点滴痛い…

怪我をしてからの疲労と麻酔の影響で爆睡していたようで、目を覚ましたのは夜の20時。足首は木材で固定されており「本当に手術したの?」と疑うほどの激痛と、麻酔の影響で喉がイガイガしてうまく声が出ず話せない状態が重なり、これもまたかなり辛い時間となりました。

手術後の足(この時は中がどうなっているか分からず痛みを感じる)
オペ後のX線検査

手術日の2日後からは、さっそくリハビリが始まりました。足の強い痛みに耐えながら、まずは人生初となる松葉杖の使い方を練習することに。実際に使ってみると想像を絶する腕の疲労感で「こんなに全身の筋力を使うものなのか…」と驚くと同時に、小学生くらいで怪我をして上手に松葉杖を乗りこなしている子たちの凄さを心から実感しました。足のむくみや内出血も酷くて、こんなに早くからリハビリが始まるんだ!と驚きでした。

足の浮腫
一番ひどい時の内出血

その後、退院日が翌週の火曜日に決定し、当日は心配した両親がわざわざ実家から駆けつけてサポートしてくれることに。翌週からのリハビリでは、いよいよ足に体重の3分の1の負荷をかけて歩く練習が始まりました。骨折と手術を経て1週間以上も一度も足を床に着けていなかったため、ほんの少し体重を乗せるだけで猛烈な恐怖感があり、痛みもそうですが恐怖感も強かったです。暑さと入院生活の疲れで退院日に貧血を起こしリハビリ直後に倒れそうになり、迎えが来るまでベッドで休憩。1人でタクシーで帰れる気がしなかったので両親に来てもらえて本当によかったです。

仕事に関しては、上司に状況を説明した後、1ヶ月以上は普通通り歩けない旨を伝えて「できれば在宅勤務をさせてほしい」と相談しました。上司がすぐに人事に掛け合ってくれ、松葉杖なしで歩けるようになるまでは在宅勤務を許可してもらえたため、通院日を除いて普通通り仕事を続けられることに。
実は当時、私の部署が人員不足だったこと、そして何より私自身「足以外はめちゃくちゃ元気」だったため、持参した(夫が職場に取りに行ってくれた)パソコンが大活躍しました。

入院中の病院はWi-Fi完備で、周りの入院患者さんは高齢の方ばかりだったこともありWi-Fiを使っている人がほぼおらず超高速!さらには朝6時起き・21時就寝という規則正しい生活のおかげで、リハビリ以外の時間はめちゃくちゃ暇で仕事が捗る捗る…(笑)。
結局、手術日以外は病院でカタカタと仕事をして過ごしていました。給与面の心配をせずに済んだことや、何より暑い季節に松葉杖で激しい通勤ラッシュに耐えて出社しなくて済んだプレッシャーのなさは本当にありがたく、柔軟に調整してくれた上司と会社には感謝しかありません。

WFH (Work From Hospital)

費用の面では、当時は「医療保険に入っておけばよかった…!」と一瞬青ざめましたが、日本の公的医療保険の「高額療養費制度」が使えたおかげで、1回目の手術・入院にかかった自己負担額(手出し)は約12万円で済み、想像していたよりは手出しを抑えることができて本当に助かりました。(後に半分は健保から還付がありました!)
ただ、入院した当日は手術代や入院費がどれくらいかかるのか結構心配で、寝れなかったので、そういった余計な不安や心配を減らすという意味でも医療保険は本当に大事だなと痛感し、退院後すぐに民間の医療保険に加入しました(当然ながら怪我をした右足は2年間不担保という条件付きになってしまいましたが…)。

退院日の足の状態

こうして無事に最初の入院・手術を乗り越え、会社の手厚いサポートのもと在宅勤務をしながら長いリハビリ生活へと入っていくことになりました。

次回【後編】では、あれから2年越しに行ってきた「抜釘(ばってい)手術」のリアルな痛みや入院期間、そしてプレートを抜いた後の足の変化について書きたいと思います!